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土佐の森・文芸 融通無碍(南寿吉著)
[南史観<私観>]
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<令和3年1月5日発信>
【第1話】
■様々な生き方

一箇所に定住し妻子を守り堅実に暮らす農民・商人そして諸職の町・
中村。
土佐の中村(融通無碍/関連話)海に生きる人々は一所不住ともいうべき気性が身につかざるを得ない。板子一枚下は地獄で、目の前に広がる海は大難<だいなん>。
大難とは仏教用語で海を意味するらしい。漁師は「はるか沖の海」という意味で使う。恐怖の海という意味合いが強い。死に直面する暮らし故、信仰も篤い漁村が多い。
農民は毎年同じような時期に他人と同じように田畑を耕し、収穫する。その繰り返しだ。ところが漁師は他人と同じような時期に類似の漁場に網を入れていれば人並みの獲物しか得られない。漁師は猟師でもある。
農耕民族と狩猟民族、そして放牧民族。様々な生き方が存在する。 肉食と草食そして雑食。ヒトの歯をみるがいい。ヒトは犬のような歯と牛のような奥歯をもつ。
真吉はひとつにこだわることを嫌った。
人はそれぞれだし自分の考えを押し付けることはよくない。流派にこだわりそれを金科玉条のごとく守り他を排斥することはどうみても健全とはいえん。目的を達するに方法はひとつではない。
融通無碍でいけばいい。

高知県四万十市(旧中村市)
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[用語解説]
◆融通無碍とは?
松下幸之助は、“素直な心”の働きの一つを“融通無碍”という言葉で説明することがあった。
融通無碍とは、「五条の橋のうえで、弁慶が長刀を振り下ろすと、牛若丸はヒラリヒラリと身をかわしつつ、スキを見つけてピシャリと一撃、見事に降参させた。この牛若丸の身のこなしのようなものだ」という。
つまり、一つの見方考え方にとらわれるのではなく、自由自在にものを見、考え方を変え、よりよく対処していく。
「流れる水は、いかなる障害物に出会おうとも少しも苦にせず、サラリと回って流れ続けます」
素直な心をもてば、これと同様、どんな困難に直面しても融通無碍に対処して、自らの歩みをスムーズに進めていくことができるという。

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真吉の育った環境も影響したかも知れない。
日ごろは大河四万十を見ながらの暮らし、大きな包容力の父信四郎、庭いじりの好きな母信。自分を慕い「兄のような人間になる」とつきまとい離れない七つ下の弟甚内。姉・妹。
四万十河口港町の下田には大河の尽きるのが見えたし、山と海が恋人のような関係で、川がその橋渡しの役割を果たしている。
海と川が交わるところに豊かな水産物が採れること、川と海という一見異質のものが融合して、大きな実りが実現する。それを実感していた。
中村はいわば国境域であるから、伊予の文化も影響も色濃く、交流は日常的だ。正式に藩に届ければ煩雑な手続きが必要だが、山内入国以前から続いているしきたりなれば藩庁も黙認せざるを得ない。
国境は線ではなく帯だ。この帯の世界にこそ豊かな世界が広がっている。

下田の港(四万十川河口/汽水域)
下田の風景(汽水域)(融通無碍<第6話>)**************
ブログ
土佐の森・文芸/融通無碍(南寿吉著)
編集・発行
土佐の森グループ/ブログ事務局

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元高知県知事橋本大二郎氏
橋本大二郎氏の「融通無碍」南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)2021.01.05.12.00