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土佐の森・文芸 [融通無碍]
樋口真吉伝/関連話(南寿吉著)
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関が原の戦い
この戦いに勝利した徳川家康に天下の覇権は移った。
関ヶ原(司馬遼太郎)天下分け目の戦い(NHK動画)徳川側に属した連中(東軍)は、山賊の戦利品山分けとまったく同じような光景のなか、敗れた西軍(豊臣勢)から奪った財産を分配した。
この山賊の頭目が家康であり、その直属の手下が戦後の諸国に大名として散らばった。
江戸時代の川柳に「大名も もとは野に伏し 山に伏し」というのがある。
庶民は今をときめく、権勢を誇る大名たちも、もとは山賊のたぐいに異ならず、高貴な血のながれを汲むものではないことを承知して、茶化した。
山分けの結果、勝者たる諸国の大名の領地は関が原戦前のほぼ二倍の規模に膨れ上がった。
それぞれの大名は自分に割り振られた任地におもむいた後、天下分け目の戦の際に活躍、貢献した配下武将たちの論功行賞をおこない、その戦時の評価をもとに処遇をきめた。
ひとはおのれを過大評価すること、常である。だから各家臣たちは自分に与えられた石高をみてさまざまの思惑がうずまいた。
当然だと思う者、貰い過ぎと受けとる者(決して他に漏らすことはない感想だ)、少な過ぎると考える人々。過小と思ったひとびとは不満を鳴らし、挙げ句、「俺なら他国に行けばもっと評価してもらえる」とばかりに退国(国を去ること)して新天地に移ったものも多い。
恩賞で規模拡大した大名たちは、競って有能な人材を求めた。
浪速には退国浪人が集まり、にわかに活気を帯びた。
人材を求める大名の命令を受けて大坂に赴いた人事担当の家臣も多数いて、大坂は、売り手市場(買い手を求める浪人サイドが有利)である。
「関ヶ原後にもうひと波乱あるはずだ。このまま戦雲が収まるはずがない」と観測する雰囲気が世を覆っていた。
売り手、買い手の交渉の結果、思惑どおりの評価を得たものは嬉々として新しい君主のもとにおもむいたし、逆の場合は引き続き失意のうちに大坂にとどまり、生計に苦しむ。
かれらには「自分は優秀な若木であり、いい環境、肥沃な土壌さえ与えられたら大輪の花を咲かせてみせる」という自負があった。その自負は他人からみれば『身の程知らずの高望み』であることもある。
再評価のチャンスを求めて広い天地に来たものの、なんともならず、赤貧の浪人暮らしを続けている。
不満をいだいた子飼いの郎党が去ったため有能な新家臣を求める大名たち、自分の器量を正しく評価認してくれる大名を探す浪人たち。
ちょうど大地震のあと、余震(揺り戻し)が続くような状況は、関ヶ原後の大坂夏冬の陣を過ぎても前後50年ほども続いたらしい。
「夢よもう一度」、夢見る夢追い人たちの群れ。関ヶ原と大坂の陣で連敗を喫した後もまだ雪辱の夢を棄てきれない。
諦めが悪いと言われても・・・
「人は夢なしに生きられない」
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夢を見て、夢を探し求める永遠の旅人
生きることは 旅すること
終わりのない この道
愛する人 そばに連れて
夢 探しながら・・・
川の流れのように
旅人よ旅人よ[融通無碍/第8話]
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南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)2025.02.01.23.58