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土佐の森・文芸 融通無碍(南寿吉著)
[南史観<私観>]
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<令和4年3月5日発信>
【第15話】
◆夜明け前(文久元年)
激動の時代が始まる。

桜田門外の変(1860.3.3)
桜田門外の変(NHK動画)安政7年3月、桜田門外で大老・井伊直弼が暗殺され万延と改元されるがこの元号、満1年も経たぬ翌年2月19日、文久に改まる。明治になるまでの間、目まぐるしく改元が繰りかえされた。
《文久4年2月に改元され「元治元年」となったが、翌年には改元され「慶応」になっている。さらに慶応4年(1868/戊辰の年)の秋に改元され明治となる。新日本の夜明けだ。激動の年は明けた。)
明治元年(融通無碍/関連話)~~~~~~~~~~
文久元年真吉にとっても激動の時を迎える。
真吉、47歳である。
安政7年(3月に改元し、万延となった)2月、真吉は目まぐるしい異動により、幡多奉行所から藩東部赤岡の香美郡奉行所下役加役に配置換えとなった。
真吉、目まぐるしい異動(融通無碍/関連話)しかし、同年9月には辞めた。香美郡奉行所を辞めた後、高知の吸江<ぎゅうこう>に転宅する。

赤岡の奉行所官舎から引っ越し、高知の吸江に家を求め、家族ともども住み、母・花野も同居している。
吸江では有志の面々と情報交換しつつ、好きな釣りに興じたかも。のちにこの家を売り払って
6連発銃を買うことになる。
6連発銃(融通無碍/関連話)真吉が赤岡から高知・吸江に転居したことを知った安田町に住む勤王医師(龍馬の長姉の連れ合い)高松順三(号:小埜<しょうや>)は歌を読み真吉に送った。
高松順三(融通無碍/人物評伝)この年の4月、高知城のすぐ下にある「文武館」の『白札以下剣術寄合稽古世話方』になれという藩命を真吉は受けた。
同九月に『文武方下役加役並びに教授方証拠役』という長ったらしい職名を与えられる。この役についたから補米<おぎないまい>(在任手当て)を年間2石(200升=300kg)もらう。役料が年間たった二石だから端役で、実力に相応しい待遇とは言えまい。
「白札以下剣術・・・・」という職名にも差別の姿が見える。
白札とは上士と下士の間にある階級で、
武市半平太(吉田東洋の暗殺を指示したとされる男)がこれに属した。
身分制度の壁は厚い。例えば
吉田東洋の役料なら年300石。月とスッポン。