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土佐の森・文芸 融通無碍
[人物評伝]
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渡辺弥久馬
渡辺弥久馬は土佐藩家老、龍馬が長崎から持ち込んだ新式銃千挺を購入した。
この時、土佐藩が龍馬から購入した新式銃千挺は戊辰戦争で使われ、威力を発揮した。
龍馬の手紙(渡辺弥久馬 宛て)
幕末足軽物語 樋口真吉伝完結編<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP276>
慶応2年11月7日
渡辺弥久馬が参政に、本山只一郎が大監察になる。
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<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP296>
慶応3年9月
【龍馬が長崎から土佐を経て上京した】
龍馬は長崎で買い込んだ大量の新式銃を芸州藩から借入れた蒸気船を使って土佐まで送る計画で長崎を出発した。
途中、下関に寄港、そこで長州藩士・伊藤俊輔(=伊藤博文)と面談して薩摩・土佐のことなどを話した。そのことを長州の桂小五郎に報告した「
龍馬の手紙」がある。
龍馬の手紙(桂小五郎宛て<幕末足軽物語/関連話>)その後、龍馬は四国の西南端の足摺岬を回り高知の浦戸湾に船を停泊。
土佐藩は平和路線(大政奉還)を取っているも、薩摩とも武力倒幕の密約も結んでおり、事態はどう転ぶか予測できない。
和にしろ戦にしろ武器は必要だった。
(<後藤象二郎=平和路線の>大政奉還は実現したが、結果的には龍馬が運んだ大量の新式銃は<板垣退助=倒幕路線の>戊辰戦争で使われた。)
龍馬は土佐藩家老・渡辺弥久馬と接触して好感触を得たから、直接交渉に踏み切り、五台山下の料亭で懇談。
結果、藩の銃購入が決まった。
◆龍馬と慎太郎の手紙(
本山只一郎宛て)
龍馬&慎太郎の手紙(youtube)龍馬のこの手紙が書かれた時期には、本山只一郎は土佐藩の大監察という重役に就いていた。文中、龍馬は「薩長が藩論を統一したので、土佐藩も早く藩論を統一してほしい」、「ライフル銃の購入を決めてほしい」と、本山をせかしている。
本山只一郎(融通無碍/人物評伝)
本山只一郎宛ての 中岡慎太郎書状(霊山歴史館蔵<京都東山>)
また、慎太郎の手紙では、土佐藩も大政奉還に向けて行動をおこすことを本山に促している。
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五台山下の料亭での懇談後、渡辺弥久馬は龍馬に帰宅を勧める。脱藩以来初めての帰宅だった。
銃の売却代金の他に謝礼も追加され、自宅で開かれた龍馬帰郷の祝いの席で、姉・乙女らに気前良く分け与えた。
元脱藩者が秘密裏に、公然に近い形で帰郷した。
その後、龍馬は上京、11月15日に京都で暗殺されるから、長崎から始まり大坂で終わる、(高知経由の)この船旅は、龍馬最後の船旅となる。
死の直前に福井に行くが、これは陸路だった。龍馬は死ぬために京都に入った。
龍馬 最後の帰郷(NHK動画)**************
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元高知県知事橋本大二郎氏
南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)融通無碍/総集版2023.12.01.22.56