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土佐の森・文芸 [融通無碍]
樋口真吉伝/関連話(南寿吉著)
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真吉、九州再訪最初の九州行の2年後、天保11年真吉は九州を再訪する。
西遊記稿/東海(融通無碍/南史観<私観>)(天保11年9月20日~12月18日の間)

北斎漫画 剣術
大石道場での手直しを受けつつ後進の若手連中と竹刀を交える。
後輩にとって真吉は「伝説の人」であり、この名流の免許を三旬で得た先輩であった。
(おのが器量はわきまえているが精進次第では自分も・・・)
土佐中村から来た長躯の青年は若者たちの憧れで、後年蛤御門に散った長州の
来島又兵衛も真吉を取り巻く若者の群れにあった。

来島又兵衛は尊皇攘夷派の長州藩士。
来島又兵衛(融通無碍/南史観<人物評伝>)真吉は若者の出身を意に介さない、気軽に声を掛ける、竹刀を握る手をとって懇切に教える。
「君の突きは非常にいい。が不退転の意をもっと剣先に出せばいうことなし。敵に急所の左胸をさらけ出すは大石流の宿命だ。怖いのは相手も同じ。君の心の臓はちんまそうだから、そう簡単に敵も差せるもんじゃない。あそこが大きいのは袴の上からも分かる。天はニ物を与えなかったねぇ」爆笑に包まれた。
「ちんまい」は土佐弁でいう「小さい」の意味だが、真吉の口から発せられた語意は、その語り口とか語感で自然に伝わるから道場中が爆笑したのだ。心臓が小さいと評された若者に悪びれた様子はなく、かえって憧れの先輩に手をとって教えてもらった感激に、突きへの賞詞に感動している。心臓への悪評は別の器官を褒められて帳消しになる。
夜の付き合いにも腰軽く出て陽気にしゃべる。生来の諧謔味がにじみでて、若者たちの気を逸らせない。
高弟連中との交際も宴席での話し方も自然体であった。
「おい、樋口君、君は一段と腕を上げたばい」
「先輩、そうでもないがです。国許中村では相手もおりませんぞね。ここで錆を落としてもすんぐ又錆が。けんど土佐では上達することをクツの出物といいますわ」
「何じゃ、そのクツというのは」
「子供をあやすにクツクツというて腋(わき)腋(わき)の下をくすぐるでしょ。クツは腋の下のことです」
「なに、そうか、それで分かった。クツは腋の下か。」
「土佐には古い言葉がそのまんま残って使われよります。腋の下に腫(はれもの)腫(はれもの)(出物)ができると腫れ上がりましょ。腫れあがった出物と触ると痛いから自然に腕が・・・」
「わかった。いやでも自然に腕は上がる。なるほど、これは傑作ばい。ぬしは確かにクツに出物ができちょるばい」
古参たちも久しぶりに聞く真吉の闊達ぶりに相好を崩して笑い転げる。「クツの出物」は本来大工など職人が主に使う言葉だが、真吉は即興で使った。事情を知れば高弟たちは怒るかもしれない。職人技と自分たちが精進する剣術の技倆を一緒くたにしたのだから。
真吉の土佐弁と幡多弁の混合した言葉、そして地元の地言葉にそれぞれの出身藩の方言が、酔いと共に飛び交う不思議な場があった。
故郷中村と同じような人の輪が自然にでき、中心には真吉の笑顔があった。意図して作る輪ではない。彼の笑顔は生真面目な顔のすぐ一枚下にあって容易に顔を出す。笑顔が透けて見える不思議な仏頂面だ。その表情は茫洋として迫らず、人に安心感を与える。緊張とは無縁だ。
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土佐の森・文芸/幕末足軽物語(南寿吉著)

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南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)2025.02.01.23.57