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土佐の森・文芸 融通無碍
[関連話]
井上佐市郎暗殺事件◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
幕末足軽物語 樋口真吉伝完結編・・・・・・・・・・・
<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP179>
文久2年8月2日、
《真吉の日記は空白》
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[融通無碍]
この日、土佐藩下横目・
井上佐市郎暗殺事件が起こる。
井上佐市郎(融通無碍/人物評伝)=================
[融通無碍]保古飛呂比/佐々木高行日記
文久2年、土佐藩主・
山内豊範の参勤交代で上洛した。
山内豊範(融通無碍/人物評伝)
幕末足軽物語 樋口真吉伝完結編<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP176>
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文久2年6月28日、
吉田東洋暗殺事件のために延期になっていた山内豊範の
参勤交代が出立。
参勤交代行列の人数は通常600人程を、2,000人に増員した大部隊になったと伝えられ、
武市半平太をはじめ、
岡本八之助、
久松喜代馬、
島村衛吉、
平井収二郎、
山本喜三之進、
大石弥太郎、
谷正方、
安岡覚之助、
小畑孫次郎、
橋本鉄猪、
清岡治之助、
千屋菊次郎ら土佐勤王党の同志も供奉した。真吉も藩主辺警要員で随行している。
武市半平太(融通無碍/人物評伝)岡本八之助(融通無碍/人物評伝)久松喜代馬(融通無碍/人物評伝)島村衛吉(融通無碍/人物評伝)平井収二郎(融通無碍/人物評伝)山本喜三之進(融通無碍/人物評伝)大石弥太郎(融通無碍/人物評伝)谷正方(融通無碍/人物評伝)千屋菊次郎(融通無碍/南人物評伝)小畑孫次郎(融通無碍/人物評伝)橋本鉄猪(融通無碍/人物評伝)清岡治之助(融通無碍/人物評伝)清岡治之助(融通無碍/人物評伝)=================
[融通無碍]保古飛呂比/佐々木高行日記
文久2年8月2日、大名行列の一行が大坂に滞在中、
平井収二郞が
「同じお供仲間の足軽・井上佐市郎が大奸物で、このままおいたら大害を生じるので暗殺すべきだ」と言い出した。
平井収二郎(融通無碍/人物評伝)それに同意した
岡田以蔵が
「井上佐市郎は大與という料理屋にいる」と聞き、すぐさまそこに行った。
岡田以蔵(融通無碍/人物評伝) 料理屋には
岡本八之助、
久松喜代馬、
村田忠三郎、
森田金三郎らがいたので盃を酌み交わした。そこに外から呼びかける者があり、外に出たところ、
松山深蔵がいた。
岡本八之助(融通無碍/人物評伝)久松喜代馬(融通無碍/人物評伝)村田忠三郎(融通無碍/人物評伝)森田金三郎(融通無碍/人物評伝)松山深蔵(融通無碍/人物評伝)事を果たす場所(佐市郎を暗殺する場所のこと)を九郎右衛門町(道頓堀の一角)の川岸端と見定めた。
松山深蔵、平井収次郞、
清岡治之助、
田内恵吉(武市半平太の実弟)らは外側の見回りをすることにした。
清岡治之助(融通無碍/人物評伝)田内恵吉(融通無碍/人物評伝)平井収次郎が井上佐市郎は絞め殺したほうがいいと言った。
岡田以蔵が料理屋(大與)に立ち戻ったところ、井上佐市郎もその酒席に加わり、酒を飲んだ。
その後、そこを出て、再び名前のわからぬ妓楼へ登り、その際、
島村衛吉もやってきた。
島村衛吉(融通無碍/人物評伝)時刻が移り、かねて定めておいた場所へ行く途中、暗殺に加わる人数が集まった。
岡田以蔵は自分が持った手ぬぐいを井上佐市郎の首に打ちかけ、片端を島村衛吉が差し押さえて引き合った。
そのとき誰かわからぬ者が井上佐市郎の睾丸を蹴るや否や井上佐市郎は倒れ、入水の格好になったので、水の中に押し流した。
その際、一刀刺すよう言ったら、村田忠三郎が短刀で腹を一カ所突き通し、死体を川の中に投げ込み、犯行の跡が分からぬようにした。
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その他、井上佐市郎の暗殺には
吉永良吉、
平川光伸(=小川保馬)らが関与したといわれる。
吉永良吉(融通無碍/人物評伝)平川光伸(融通無碍/人物評伝)~~~~~~~~~~
元治元年、岡田以蔵が商家への押し借りの科で犯罪者として幕吏に捕えられた。
京都では本名を名乗らず無宿者鉄蔵としていたことから京都所司代ではなく、その支配下にある京都町奉行が取り調べにあたった。焼印・入墨のうえ京洛追放処分になった。土佐藩が身柄を引き取り、そのまま船牢にて高知に送られ獄につながれた。
岡田以蔵は厳しい拷問に耐えかね「井上佐市郎暗殺事件」について自白する。
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<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP256>
元治元年8月11日、
岡田以蔵の自白を根拠に、久松喜代馬、森田金三郎、村田忠三郎、岡本八之助が『類族に御預け』処分を受けた。
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慶応元年、その後さらなる取り調べが行われ、井上佐市郎暗殺事件に関わった者は揚屋<あげや>(=士分とか未決囚を収容する規制・制限の比較的ゆるい牢屋)又は本獄(=本格的牢屋)に入る。
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<「幕末足軽物語樋口真吉伝完結編」ではP271>
慶応元年5月11日、
岡田以蔵、久松喜久馬、村田忠三郎、岡本八之助が牢屋において斬首された。
森田金三郎は引き続き牢屋に監禁された。
実行犯のうち森田金三郎だけが黙秘を貫いたため処刑(斬首)を免れた。
暗殺が実行された時、井上佐市郎を呼び出した土佐藩下横目・
平川光伸(尾川保馬)にも実行犯の嫌疑がかかり、平川光伸は脱藩した。
平川光伸(融通無碍/人物評伝)後日、森田金三郎は井上佐市郎暗殺事件の経緯を
五十嵐機之助に語り『井上佐市郎暗殺一件』という記録が残された。
五十嵐機之助(融通無碍/人物評伝)ーーーーーーーー
武市半平太は獄中にあって、唯一人黙秘を続ける森田金三郎を
「唯一人自白をしていない森金(=森田金三郎)は感心。森金はみな実なる人物と見ゆる。」
「森田金三は大丈夫にて候。岡本[八之助]と久松[喜代馬]、村田[忠三郎]と岡田[以蔵]は近々のうちに斬らるるろうと思い候。」と評している。
武市半平太(融通無碍/人物評伝)さらに、実行犯の嫌疑が掛かっていた弟の
田内衛吉について
「[田内]衛吉も拷問になりても森田のように一言もいわず、絞め殺されるように唯々祈りおり候。この上は拷問にて絞め殺される人が一番大丈夫にて候」と吐露している。
田内衛吉(融通無碍/人物評伝)*****************
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