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土佐の森・文芸 幕末足軽物語/融通無碍
[人物評伝]
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山本琢磨(1834~1813)
樋口真吉(1815~1870)

天保5年、土佐国土佐郡潮江村(現在の高知市)の土佐藩郷士・山本信道の長男として生まれる。弟は、
山本三治。
坂本龍馬、
武市半平太とは親類同士。
山本三治(融通無碍/人物評伝)坂本龍馬(融通無碍/人物評伝)武市半平太(融通無碍/人物評伝)安政2年、剣術の修行では一刀流の麻田勘七の門を叩き修学、同門の武市半平太と
島村寿之助が開いた武市道場で稽古に務める。
島村寿之助(融通無碍/人物評伝)武市道場の同門には
板垣退助、
土方久元、
佐々木高行、
細川潤次郎、
那須守馬らがいた。
板垣退助(融通無碍/人物評伝)土方久元(融通無碍/人物評伝)佐々木高行(融通無碍/人物評伝)細川潤次郎(融通無碍/人物評伝)那須守馬(融通無碍/人物評伝)江戸に遊学した龍馬に刺激を受け江戸に出て三大道場の一つといわれた鏡心明智流の桃井道場に入門、師範代を務めるまでになる。
ある晩、酒を飲んでの帰り道に拾った金時計を売払ったことが発覚して窮地に追い込まれる。訴追を逃れるために坂本龍馬や武市半平太の助けを得て江戸を脱出。東北各地を流れ回った末、新潟にたどり着いたところで出会った前島密に箱館(現函館市)に行くことを勧められ箱館に落ち着く。
箱館にはロシア帝国の領事館がありロシア正教会のニコライ神父と交流し、その教えに心服。
慶応4年、秘密裡にニコライより聖洗機密(洗礼)を受け、日本ハリストス正教会の初穂(最初の信者)となった。
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大正2年、没。享年79。
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元高知県知事橋本大二郎氏
南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)ーーーーーーーーーーーーーー
2025.06.01.23.51