◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
土佐の森・文芸 融通無碍
[人物評伝]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
安岡実之丞(生没年不詳)
樋口真吉(1815~1870)
~~~~~~~~~~
文久元年、
武市半平太、
大石弥太郎らによって土佐勤王党が結成されると加わり尊攘活動に奔走する。(血盟書は23番)
武市半平太(融通無碍/人物評伝)大石弥太郎(融通無碍/人物評伝)
土佐勤王党(NHK動画)土佐勤王党(融通無碍/関連話)~~~~~~~~~~
文久3年、長州で下関戦争が勃発する。
幕末足軽物語 樋口真吉伝完結編ーーーーーーーー
<「幕末足軽物語樋口真吉伝/完結編」ではP230>
・・・・・・・・・・
文久3年6月15日
長州の使者・大和弥三郎、木梨平之丞、阿部謙吉、湯浅正之助の4人が高知に着いた。
この時、
馬関戰争(=下関戦争、攘夷実行)に参加した長州藩の
時山直八と佐々木次郎四郎は下関戦争の現場から戦闘服装備のまま直ちに京都へ向かった。その途中、寄り道をして用井口(高知県仁淀町池川用井、ここに国境番所があった)番所行き、この戦争について土佐の反応を知ろうとするも、番所は差し止め入国を許さなかった。
時山直八(融通無碍/人物評伝)長州藩が攘夷実行(融通無碍/関連話)藩は内外に緘口令を敷いたようだ。馬関戦争を知る者を土佐に入れず、土佐側からの接触も禁じた。
武市半平太の指示で
大石弥太郎と岡本二郎(=
岡本八之助)、それに加えて
安岡実之丞が密かに用井口に派遣され、時山直八らとの接触を試みたが、やはり藩命は厳しくを面談を許さなかったという。(しかし、密かに安岡実之丞が面談した。)
大石弥太郎(融通無碍/人物評伝)岡本八之助(融通無碍/人物評伝)安岡実之丞(融通無碍/人物評伝) ======
[融通無碍]
安岡実之丞の手紙(=武市半平太への復命書と思われる)がある。
時山直八と佐々木次郎四郎に面談した内容を伝えている。
『6月19日、用井口番所で長州藩の時山直八、佐々木次郎四郎に会いました。云々』
ーーーーーーーーーーーーー
[保古飛呂比/佐々木高行日記]
(出典:
魚の目<魚住昭>)
安岡実之丞の手紙**************
ブログ
土佐の森・文芸/融通無碍

編集・発行
土佐の森グループ/ブログ事務局
**************

元高知県知事橋本大二郎氏
南寿吉先生の遺作(高知新聞/2021.7.2)ーーーーーーーーーーーーーー
2025.07.01.22.51